1.ホテルの建設
昭和60年に鳴門海峡を跨ぐ大鳴門橋が開通し、淡路島が四国と陸続きになりました。
これに伴い、観光客も飛躍的に増え、新しい観光施設も整備が進み、宿泊客を受け入れするための宿泊施設も増えて来ることになります。 南淡路ロイヤルホテルも昭和63年6月にオープンし、昨年で早や25年が経ちました。 この福良学でホテルのことをお話しできる機会を今回頂いたことに大変嬉しく有難いと感じております。 今回、ホテルの運営会社である大和リゾート株式会社の親会社である大和ハウス工業株式会社とのホテル誘致に関わったエピソードを当時の南淡町助役であった木村瑞さんからの話しを紹介しながら振り返ってみたいと思います。
現在、ホテルの立地している高台(山)は、戦時中は軍の管理地(陸軍鳴門要塞)であったと聞いております。 当時、大和ハウス工業は全国の風光明媚な場所にリゾートホテルの新規オープンを進めており、ここ福良にもその建設候補地となる話が来たということです。
大和ハウス工業の創業者であった石橋信夫会長も福良のこの地に来られ、木村助役 (あえて助役さんと言います。)さんが誘致の交渉窓口となり、色々とご苦労されました。当時、大和ハウス工業の本社は大阪の阿波座にあり、数回に渡り訪問されたそうです。 その際の印象として、本社事務所は雑然としていたが、活気に溢れていたそうです。 大和ハウス工業のホテルを担当する観光事業部担当の田中正二郎常務(南淡路ロイヤルホテルオープン時の大和リゾート社長)と実務担当の奥田課長と初対面した際、この二人は以前、登記所に勤めていたそうで、木村助役は税務課業務に長く関わっていたので話が弾み、急接近したそうです。
それ以来、この二人は数回に渡り、福良に来ては現地を見て回ったそうです。 誘致が決まるまで木村助役が一番心配していた事はお隣の鳴門市も建設地の候補に上がっていたそうで、誘致合戦になるのではないかという事だったそうです。 向こうは土地も広いし、何より水が沢山あり、当時の淡路は水不足が課題で本土からの導水計画を検討していましたが、まだまだ先の計画であり、毎日役場に来る新聞記者の繁田さんに判らないように気を使いながら誘致の話を進めていたそうです。
そんな事をしながら、ある日、大和ハウス工業の石橋信夫会長が現地に来ることになり、 まだ山であった場所にうずしおライン沿いからホテル建設候補地への仮道を造ってもらい案内をしたそうです。 石橋会長は足が不自由にも関わらず、杖を片手に現地まで登り、色々と質問をされたそうです。 その時のやり取りはこんな感じであったそうです。
石橋会長 … ここの地質は?
木村助役 … 和泉砂岩です。
石橋会長 … このバイパス(うずしおライン)を造った時に発破をかけましたか?
木村助役 … ブルのリッパーのみでやりました。
石橋会長 … 取合道路(うずしおライン進入路)からホテルまでの勾配は?
(大和ハウスの職員が地形図を出し … 3%です。)
石橋会長 … 助役さんはどう思いますか?
木村助役 … 取合道路付近とホテル玄関前はある程度勾配が緩くなるので、距離にもよりますが、
一部4%位の箇所も出るかも知れません。
石橋会長 … 私も助役と同じ考えです。
と、それから土地の所有者数、面積、価格等など質問も核心を突いてきました。
その時に感じたのは、さすが一代で大和ハウス工業を1兆円企業までに育てた人、地質や工事の難易度・付帯工事など、いとも簡単に尋ねてきて、すぐに土地造成費の概算がはじき出せ、まさに戦国時代の野武士のようだと感じたそうです。(ちなみに、石橋会長は戦時中に満州方面へ出征して、終戦時はシベリア抑留も経験して、命からがら日本に帰って来たそうです。)
現地を視察後、「やぶ萬旅館」へ行き、当時の江本卓爾町長と一緒に食事をしましたが、前もって田中正二郎常務に石橋会長の好物を尋ねたところ、イワシ料理と聞いていたので女将さんに頼んでありました。 石橋会長も喜んでイワシ料理を食べ、「今日、行った所にホテルを建設する。」と決定してくれました。 「イワシでホテル!」やれやれだが、良かった!万歳!
このホテル誘致には、当時の南淡町観光課の高松課長、同じく奥浜係長などが携わり、他に、主な土地所有者であった福良財産区(当時、鳩崎省吾管理会長)なども関わり、正に「オール福良」の体制が構築され、昭和63年6月にオープンとなりますが、4月に一足先にオープンしたホテルプラザの誘致と建設もあり、本当に忙しい日々だったと思います。
2.ホテルの規模(ハード・ソフト)
福良の皆さんはホテルにも良く来て頂いており、ご存じの点も多いと思いますが、改めてホテルの概要及び規模等を紹介させて頂きます。
運営会社 |
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大和リゾート株式会社 |
本社 |
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大阪市中央区備後町1丁目5−2 |
設立 |
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昭和48年 4月20日 |
資本金 |
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100億8,400万円 (平成25年10月現在) |
※ 南淡路ロイヤルホテルは昭和63年6月20日にグループで10番目にオープンしたホテルです。
敷地面積 |
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97,983 u (約29,690坪) ※甲子園球場の約7.5倍 |
実面積 |
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39,634 u (建物床+駐車場+その他) |
階数 |
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地下1階、地上7階 |
建物高さ |
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25.2m(最高の高さ) |
※ 周辺は瀬戸内海国立公園で建築規制を受けており、隣の山頂より高くできません。
(ホテルの7Fに上がると確認できます。)
※ 津波が来ても、多分大丈夫→地区集約避難所の福良小学校からの3次避難場所になっています。
客室数 |
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329室(和室57、洋室190、和洋室73、スィート9) |
※ ルームの154室が禁煙ルームになっています。
※ 洋室にはキティちゃん、シナモロールのキャラクタールームも含みます。
宿泊定員 |
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1,027名 |
駐車場収容台数 |
…普通車263台(無料) |
付帯施設 |
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レストラン5、喫茶ラウンジ1、カラオケバー4、ショッピングプラザ1、宴会場20、
会議室10(一部宴会場兼用)結婚式場1、チャペル1、写場1、麻雀ルーム1、
温泉大浴場(男女)、露天風呂、サウナ、リラクゼーション施設2、
ゲームコーナー1、屋外プール1、テニスコート4面、多目的広場 |
※ 温泉は南あわじ温泉郷の「南淡温泉」として、「休暇村南淡路」と同じ泉質です。
地下約1,000mから温泉を汲み上げ、供給しています。
※ 宴会場の最大面積 … 750u(最大収容 着席450席、立食650名)
※ 平成26年1月6日から1階エントランス、ロビーフロア、バンケット会場のリニューアル工事を
実施しており、完成は4月です。(期間中も営業しております。)
従業員数 |
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社員 105名、 パート 116名 (平成26年1月1日現在) |
※ 夏季など繁忙時は派遣会社の従業員も勤務します。
雇用の面でも地元の皆様の協力と理解で運営しています。
※ オープンして25年、支配人も7名が当地に赴任しています。
3.ホテルの利用者について
ホテルには年間15万人前後のお客様が利用されており、その内日帰り客が年間 約2万人程度利用されています。(現在の淡路島の人口が約14万人)
過去の利用で最も多かったのは、やはり明石海峡大橋が開通した直後の平成10年 から淡路花博があった平成12年でした。 年間で約20万人が利用され売り上げもホテル営業期間でいまだに最高だったということを覚えています。
当時は毎日が団体昼食と夜は団体宿泊で正に一杯でした。 一日で昼食700名、 宿泊も700名といった利用が実際に続きました。 この規模になると館内の全ての食事可能な会場を使用しての対応でした。 幸いにも全国のグループホテルからの応援スタッフが来てくれていたので非常に助かったという思い出とあっと言う間に時間が過ぎて行ったという記憶があります。
皆さんもご存知のように、明石海峡大橋が開通するまでは淡路島はまったくの島国で、 船を利用しないと行き来できませんでした。 特に夏休み期間中は、阪神からのマイカー利用者がフェリーボート乗り場に集中して、淡路島に来るときは早めに動かれるので、混雑が分散されるのですが、帰る時の混雑と言ったら異常であったと思います。 フェリーの待ち時間が4時間〜6時間なんてザラ!お客さんからは「もう二度と淡路島に行きたくない!」と言った声をよく聞かされました。 ホテルでも何とかしたいと思い、淡路フェリーへ交渉に行き、南淡路ロイヤルホテルに宿泊する方に待ち時間無しで乗船できるように往復予約をして、利用者への利便性を図れるようやり取りして案内していた苦労を憶えています。
話を戻して、ホテルには年間5,000人〜6,000人くらいの海外からの宿泊客の利用があります。たぶん現在の淡路島では外国人の利用が最も多い施設ではないかと思います。 特に国で言うと、台湾からの利用がその内約80%と圧倒的に多い状況です。
まだまだ淡路島に海外からの宿泊者を呼び込むには整備が必要と思いますが、商工会でも海外誘致の営業展開を始めるので当ホテルも協力して行きたいと思います。
また、修学旅行などの学生団体(教育旅行)も増えており、大きな規模の学校だと毎年同じ時期に利用があります。 学生団体は平日に利用してくれるのでサービス業に関わっている者としては大変有難いです。 もちろん宿泊の宿だけ頑張ってもダメです。 淡路島にある色々な観光立ち寄り施設(淡路人形座・うずしお観潮・防災ステーション・北淡震災記念公園・地曳網などの漁業体験や瓦工場や線香工場などの見学etc)や、市の体育施設、グルメなども一緒にPRして、淡路島の魅力を発信しなければなりません。 地域の皆さんと知恵を出しながら利用者を増やして行きたいと思います。
ここ数年は、インターネットが急速に普及してネット予約の割合が増してきています。
個人客の25%くらいがインターネットからの予約となっています。 (従来の旅行代理店からの予約が減ってきて、ネット予約へシフトしています。)
4.今までの思い出(良かった、苦労した)
ホテルはサービス業なので、ご存知のように接客をしなければなりません。 人が休む時、お正月やゴールデンウィーク、夏休みなどに仕事が集中します。 もちろんホテルでもどちらかと言うと裏方さん的な仕事もありますが、年中無休で営業をして、幅広いお客様に利用して頂いています。
過去の利用されたお客様で思い出に残っていること
・お礼のお便りを送ってきてくれたこと、名指しで頂いたりすることもあります。
・毎年のようにリピーターとして利用してくれること
ホテルではリピーターを増やすことを心がけています。
・一度ホテルを利用した方から色々なお客様を紹介して頂けること
・サービス業なので形の無い物(おもてなし等)を提供するので、お客様が満足して頂くのがすべて…
当然のことでもあります。
・南淡町の成人式の会場として使って頂いたこと
毎年1月の成人式には華やかな振袖を着た新成人が大勢集まって熱気に溢れていました。
見学するギャラリーも凄かったです。
・淡路島女子駅伝大会の開催で表彰式の会場提供をしたこと
親会社の大和ハウスも駅伝チームを設立し、競技に参加して全国大会にも出場できました。
参加チームの宿泊利用もあり、淡路の陸上関係者には大変お世話になりました。
特に苦労した出来事
・平成6年(1994年)異常な渇水で水をタンクローリーで夜中に運んだこと
当時は明石大橋が開通する前で、町水道がホテルの高台まで上がって来ず、お客様 の水を確保するのに必死でした。 男性スタッフは夕方から朝方まで当番を決めて、水を運搬しました。 本当に大変で夏季シーズン前でもあり、体力がいつまで持つか心配しながら、夏休み直前に解除された時はホッとした記憶があります。
・阪神淡路大震災(平成7年1月17日)
神戸市周辺や淡路島内も甚大な被害を受け、アクセスも寸断されてしまい、観光どころでない状態が数年に渡り続きました。 集客の約70%が阪神間からの利用ですから、その影響は仕事が一気になくなったような状態でした。 ホテルのスタッフも我が家が被害を受けたりしましたが、親会社の大和ハウスへ移動して家を売る職務に就いたスタッフもいました。(普通なら仕事が無くなって解雇といった状態になっても不思議ではありませんが、同じグループ会社の中で仕事に従事できたのは幸いだったと思います。)
・南淡町連合婦人会発足40周年記念行事で2,000名の来場があったこと(平成8年2月11日)
福良出身の上沼恵美子さんと芦川百々子さん(海原千里・万里)を招いての記念行 事で会場を提供したのですが、定員1,000名のところ予想をはるかに超える来場者が殺到してホテルのロビーまで満杯!駐車場に車が収まらず、進入路からダントー工場のあたりまで路上駐車の車で溢れてしまい、大混乱となりました。
・SARS事件(平成15年5月)
台湾へ帰ったツアー客の中にSARSを発病した方がおり、日本で宿泊したホテルや観光地などが風評被害を受け、当ホテルもその一行が宿泊されていたので影響を受けました。 当時はSARSの対応が未完成で知識不足から誤解や従業員への風評被害が出ました。 オープンして初めて唯一営業を休止することになり、キャンセルなどの影響も多大でしたが、南淡町をはじめ兵庫県や観光業界などの協力で復活イベントを開催してもらった際に、地域の方々に大変お世話になりました。
主な出来事を紹介しましたが、やはり苦労した事の方が記憶に残っているようです。
5、ホテルの主な年間行事
ロイヤルホテルでは、1年間を通じて毎年イベントやお客様への楽しい催事などを実施しています。
主な内容は次のとおりです。
1月 … お正月催事 振る舞い酒・琴の演奏・ビンゴゲーム大会・初詣案内等
2月 … 大衆演劇・ランチバイキング
3月 … 春休みのバイキング
4月 … お花見イベント(グルメ企画)
5月 … グルメ企画・海ホタル観賞会
6月 … 大衆演劇・ランチバイキング
7月 … キリンビールまつり(OLD DAYS生バンドによるライブ)
8月 … 縁日・ビンゴゲーム大会・天体観測・海ホタル観賞会・貯金箱作り体験
化石発掘・昆虫観察会・サマーバイキング等
9〜10月 … 観月会(中秋の名月の暦による)
11月 … 海ホタル観賞会
12月 … クリスマスディナーショーまたはクリスマス企画
今後もスタッフと皆さまに喜ばれるような商品企画を考えていきたいと思います。
6.ホテルに来られた有名人
南淡路ロイヤルホテルにはオープン以来、大勢の有名タレントの方々に来て頂き、 ディナーショーなどを開催しました。 ホテルが呼んだ有名タレントでどんな方々が来られたか主な方をまとめてみました。
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研ナオコ、堺 正章、コロッケ、八代亜紀、石川さゆり、キム・ヨンジャ、中村美津子、プリンセス天功、綾乃小路きみまろ、デューク更家、日野皓正、加山雄三、小林 圭、都はるみ、天童よしみ、
竹内 力、小林幸子、川中美幸、清水アキラ、栗田貫一、Mrマリック、三船和子、西城秀樹、
郷ひろみ、森山良子、山本譲二、小金沢昇二、長山洋子、岩崎宏美、サーカス、小柳ルミ子、
矢野耀大、赤星慶広、井川 慶、宮根誠司、陳 建一、中村孝明、石鍋 裕 |
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八代亜紀さんについては、趣味である自身制作の絵画作品をホテル7Fのスカイレストラン・ブルージュに掲示させていただいています。 |
これだけ大勢の歌手タレントの方々にお越し頂きましたが、仕事で会っていると無事ショーを終了させることができるよう対応に必死なので、感激すると言ったような思いはありません。と言うか何とも思わなくなってしましました。・・・
以上とりとめのない話でしたが、これからも南淡路ロイヤルホテルは地元の皆さんから愛されるホテルとして営業してまいりますので、どうか気軽にご利用頂けますようよろしくお願い申し上げます。
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